2017-08

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佐藤誠7 古型

佐藤誠7 古型

 私がこけしを集め始めた昭和52、3年頃、佐藤誠さんのこけしを土湯のアサヒ写真館で何本か購入している。その当時は昭和40年前後の作品でも今(ヤフオクなど)のように安くはなかったように記憶している。

佐藤誠7-1

 今日、紹介するこけしは佐藤誠さんの作品で大きさは8寸3分、製作時期は昭和44年1月ごろ、胴底に本人の達筆な文字で古型と記されている。胴の上部が括れ、丸みのあるやわらかなフォルム、胴模様は赤と緑の染料を使い、細い線と太い線を組み合わせてロクロ模様が引かれいる。少し角ばった大きめの頭で、顔は頬紅が薄っすらと残っており、涼し気な目に二筆の赤い口が微笑んでいるように描かれ愛らしい。

佐藤誠7

 この佐藤誠さんのこけしを眺めていると、佐藤光良氏の小説集「父のこけし」の最後の章が浮かんでくる。

 「工房は家の裏側につぎたされたかたちで作られていて、十畳ほどの広さのその内部の右側には、こけしの原木がこまぎれにされて堆積していた。(中略)部屋のぐるりにもさまざまな工具類がかかっていてにぎやかだったが、描彩のための絵皿、小筆、スズリ箱と見ていって、その絵皿に紅が付着し、スズリのくぼみに墨がまだのこっているのを目にしたときには、胸をつかれた。思わず、父をここにもう一度すわらせてみたい、子の私に、こけしを挽くところを見せてもらいたい、と思った。(中略)その白い顔にどのように目をかき、眉をひき、頬紅をさすのか見せてくれ、親父よ、と思ったものである。
 だが、そのときはもう、父は命をおとしていた。知らないのは父の家に戻っていた私たちだけだった。」

 この一節は、仕事中に倒れ意識のない父を家族や高橋精志さんと共に病床を見舞い、昏々と眠る中、今日は大丈夫だろうと、その夜遅くに父の住んでいた平泉の工房を訪ねる。父の仕事場に立ち、想いを馳せているときに、病院から、父誠が息を引き取ったと知らせが入った。
 
こけしの話338

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井上四郎1 突然の訃報

 井上四郎1 突然の訃報

 いわき市に工房を構える佐藤誠孝さんの兄佐藤光良氏の編。著「技の手紙 森亮介のこけし追求」は誠孝さん兄弟と「たつみ館」の主人森亮介氏の書簡を編集し収録した著書である。昭和57年から昭和63年にかけて、「たつみ館」主人森亮介氏と付き合いがあった工人達が実名で登場する。

 森亮介氏が昭和56年1月9日に誠孝さんに送った手紙の一節を引用する。
「今朝五時に瀬谷重治さんから電話があり、井上四郎さんが脳卒中で亡くなられた事を知り、びっくりしてしまいました。八日に倒れて九日朝亡くなられたとの事、まだ本当だとは信じられません。人の命のはかなさに淋しさを感じました。(中略)五十歳そこそこで亡くなられるとは本当に残念です。」

井上四郎1-1

 以前、私のブログに書いたことがあるが、昭和57年にゆき子さんと四郎さんのこけしを譲ってもらうつもりで、井上こけし工房を訪ねたことがある。その時に、ゆき子さんに直接お聞きするまでは、四郎さんが亡くなったことも師の春二さんが亡くなったことも知らなかった。

井上四郎1

 今日は井上四郎さんのこけしを紹介する。大きさは5寸で制作時期は昭和48年7月である。師春二やゆき子さん、はる美さんのこけしと比較すると少し泥臭く映るかも知れないが、四郎さんの素朴な良さが伝わってくる。

こけしの話337

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井上はるみ9 技の手紙を読む

 井上はるみ9 技の手紙を読む

 最近、弥治郎系のこけし工人佐藤誠孝さんの兄である佐藤光良編・著の「技の手紙 森亮介のこけし追求」や最初の小説集「父のこけし」を読み返している。「技の手紙 森亮介のこけし追求」は 「たつみ館」の主人(あるじ)、森亮介氏の書簡を通し、その当時、活躍していたこけし工人達の成長や足跡を垣間見ることが出来、こけしを楽しむうえで炭酸飲料のような役割を果たしている。

井上はるみ9-1

 この「技の手紙 森亮介のこけし追求」の中に、師佐藤春二と井上四郎夫妻のこけしに関して光良氏が書いた一節がある。少し長くなるが引用してみたい。

 「(春二のこけし)華麗な色調の昔ながらの胴模様が不思議と知的で、目鼻立ちも理知的だ。その清楚でキリリとしたフォルムは伝統と現代的再現の均衡の上に生まれ、自らの才を恃んでの継承的創造がもたらしたもの、とする見方が一般的である。上品なお色気もすてがたい。
 直弟子の井上四郎、ゆき子夫妻が森さんと組んで、師春二に迫る秀作をものにした。(中略)近年においては夫妻の愛娘・井上はる美さんが薫陶よろしく売り出し中だ。」

井上はるみ9

 今日は井上はる美さんのこけしを紹介する。大きさは6寸6分、細目の胴はフォルムが美しい。蝶模様の襟に、一重瞼でキリット涼しげな顔、鈍よりとした梅雨空の窓辺に飾り眺めている。そして「胴模様が不思議と知的で、目鼻立ちも理知的だ。」という一節を咀嚼してみる。

こけしの話336

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佐藤誠孝4 いわきの工房にて

佐藤誠孝4 いわきの工房

 「木地処さとう」には何度か足を運んでいるが佐藤誠孝さんとは言葉を交わした記憶がない。玄関先で会釈を交わしたことはあるが、いつもは仕事場に籠って仕事をしているのだろうか。職人が持っている気むずかしい気質だと思えば余り気にはならない。奥様の美喜子さんに居間に通され、お茶をご馳走になりながら、誠孝さんの修業時代のことや震災の頃、息子達の工人としての成長など、いろいろな話題を聞かせて頂きおもてなしをして下さることで満足である。

佐藤誠孝4-1

 今日のこけしは「木地処さとう」の二代目である佐藤誠孝さんの誠型で、大きさは8寸である。胴底に鉛筆で昭和52年6月と記載されているので50年代前半の作品と思われる。

佐藤誠孝4

 森亮介氏と佐藤兄弟のこけしの制作に関しての交流は昭和53年の秋ごろからはじまった。このこけしは森亮介氏からアドバイスを受けはじめる前の作品と思われる。

 佐藤光良編・著の「技の手紙 森亮介のこけし追求」を読むと、昭和53年11月ごろの誠孝さんのこけしに対し「顔の表情が若い」という表現があるが、あらためて本作をみてみると初々しさが残り頷けるような気がする。

佐藤誠孝4-2

父誠と二代目の誠孝のこけしを並べてみた。父は息子の作ったこけしをみることはなかった。

 「技の手紙」を改めて読み返していると、その中に佐藤光良氏から誠孝さんの奥様の美喜子さんに送った手紙があり、こけし工人として成長して行く過程で気になっている内容なので引用してみる。

「 美喜子さんへ
 いろいろ大変と思いますけれど、あなたの夫君は、いま人生の最大の岐路に立っていますので励ましてやって下さい。
 東京の森さんという方に従(つ)いての工人生活は、もしかしたら夫君を少し変えるかもしれません。たとえば、いままでとはちがって少し気むずかしくなるとか……。
 でもそれは、すぐれた工人に育つためですから、一緒に、いましばらく困難に立ち向かって下さるようおねがいします。
 これまでも大変でしたし、御苦労も多かったでしょうが、これからは万事、苦労が実る方向にすすむと思われますので、私からもお願いする次第です。
 子どもたちを大切に。                    光良」
 
こけしの話335

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佐藤誠6 後継者

 佐藤誠6 後継者

 私はいわき市に工房を構える「木地処さとう」を何度か訪ねている。いつも感じるのだが、誠孝さんと誠工人のイメージがダブってしまう。それは佐藤光良さんの小説集「父のこけし」に登場する父(誠工人)と現在の誠孝さんが年齢的に近く、誠工人の古い写真と今の誠孝さんの顔が良く似ているせいだと思っている。

佐藤誠6-1

 今日は佐藤誠工人の2寸8分の小さなこけしで、制作時期は不明である。
 戦中に、こけしの材料が不足したことからエナメルを使って描いた時期があり、このこけしも染料ではなく顔料を使っているのでその頃のものかも知れない。特にあざやかな筆使いで描いた菊の花と緑色の葉は、触れると顔料の厚みが指先に伝わってくる。そして緑色の葉は毒々しく見える。

佐藤誠6

誠治(誠孝)は照れくさそうに笑い、
「そんじゃ、やってみっか」
といった。
ぼそりとしたその声は、私の気のせいではなく、生前の父(誠)のそれによく似ていた。
やがて、小屋にはロクロの音が鳴り、木くずがあたりにとびちった。

「佐藤光良作品集・父のこけし」の中の「初挽き」より

佐藤誠6-2

 今は次男の誠孝夫妻と2人の息子(孫)と4人で「時間・手間・工人の思い」をたくさん込めたこけしをいわきの地で作っている。晩年も郷里に戻ろうとしなかった工人佐藤誠は「木地処さとう」の今を想像していただろうか。(右から祐介、誠、英之)

こけしの話334

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