2017-10

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荒川洋一95 芳蔵型 一重牡丹

荒川洋一95 芳蔵型 一重牡丹

 今日、8月11日は「山の日」である。私は一足早く(8月9日から10日)南アルプスの北岳に登ってきた。昨年も同時期に北岳に挑戦したが、頂上を目前にして体力の低下と時間切れとなり引き返し悔しい思いをしたので、今回3,193mの頂に立つことができ本当に良かったと思っている。

荒川洋一95-3

 台風5号が去った後で快晴になることを期待をして出かけたが、頂上付近は流れ湧くような雲に拒まれ360度のパノラマは望めなかった。それでも、短い夏に一斉に咲く様々な高山植物を見ることができ、短い時間ではあるが雲海に浮かぶ朝焼けの富士との対面を果たし、ライチョウの親子の砂浴びに遭遇するなど、未知との出会を楽しむことができた。

荒川洋一95-4

 今日、紹介するこけしは荒川洋一さんの芳蔵型で大きさは7寸3分である。制作時期は平成13年2月ごろと思われ、保存状態が悪く少し褪色が進み顔にはシミが出ており惜しい気がする。形態は直胴に丸い頭は差し込みになっている。胴の上と下側に赤と紫の染料でロクロ線が引かれ、胴の中心よりやや下に鮮やかな色の牡丹が一輪描かれている。顔は眉が太く上瞼と下瞼が外側に膨れた紡錘型の目に薄いピンクの隈が塗られ、小さめの獅子鼻と口の形が品良く引き締まって見える。

荒川洋一95-1

 荒川さんの年譜によると昭和35年に会津若松の神山木工所で木地挽きを習得し、温泉や観光地の土産用に木地を挽いていた。その後、伝統こけしの道を志し、中ノ沢の岩本芳蔵の弟子になったのは昭和45年のことである。善吉型のタコ坊主を作る許しを得るまでの2年間は芳蔵型のこけし作りに専念していたという。

荒川洋一95

 以前、荒川さんの工房にお邪魔した時に私が手にした芳蔵型のこけしを見て「芳蔵型だけ毎日、毎日作っていたなぁー。」、と岩本芳蔵に入門した当時を振り返り、懐かしそうに想い出を話して下さった。

こけしの話342

テーマ:趣味と日記 - ジャンル:趣味・実用

今 晃21 デフォルメされた幸兵衛型

今 晃21 幸兵衛型

 ここ何日か台風5号の影響で蒸し暑く、はっきりしない天気が続いている。7月下旬から昨日まで使わずに過ごしていたエアコンを今日から再び使い始めた。

今晃21-2

 先日、筑波山に登りアサギマダラに出会った話を紹介したが、筑波山登山の本当の目的は、6月に登った時にはまだ蕾だったイワタバコの花を見たいと思ったからである。イワタバコは女体山直下に垂直に立っている岩にしがみ付くようにして薄紫色の優しい花をつけていた。

今晃21-1

 今日、紹介するこけしは今晃さんの幸兵衛型、制作時期は平成元年4月ごろで、大きさは8寸である。造り付の太めの木地、胴模様は上と下、そして胸のあたりにロクロ線がシンプルに引かれ、その内側に牡丹の花が一輪描かれている。その牡丹の花は肩の力を抜いて描いたのだろうか、観るものを和ませるフワッと柔らかい筆使いである。

今晃21

 この幸兵衛型は髷を結いふっくらとした輪郭をしており、目は眼点が力強く打たれ、キリッとした線で鼻と口が描かれているが、今まで津軽系の多くの工人が作ってきた幸兵衛型ではなく、デフォルメされた雰囲気が、このこけしの魅力となっている。私好みの今さんらしい幸兵衛型である。

こけしの話341

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小関幸雄4 竹井のこけしの素朴さ

小関幸雄4 竹井のこけしの素朴さ

 ここ一週間、暑さが遠ざかり過ごしやすい。昨日、この涼しさに後押しされ筑波山に登った。筑波山は百名山とは言っても標高が1000mに満たない山であり、登り始めて直ぐに汗が滲んできた。頂上付近は曇り空で遠くの景色を見渡すことができなかったが、涼しい風に吹かれ、ほっと一息つくことができた。

小関幸雄4-2

 今回は平野部では見ることが出来ない旅をする蝶アサギマダラを見つけることができた。ヒヨドリソウの花の周りを舞、ご馳走の蜜を吸っていた。私が見た、このアサギマダラも秋になれば暖かい南の島に向かって旅立つ日が来るのだろうかと思いながら眺めていた。(以前、テレビで2000キロも旅するアサギマダラの特集を観たことあり興味があった。)

小関幸雄4-1

 昨日に続き小関幸雄工人のこけしを紹介する。大きさは8寸1分で、制作時期は不明であるが昭和40年ごろの作と想像する。木地の形態は直胴で差し込みになっており、少し平たい頭が乗っている。顔は口と鼻が小さく、一重の目は黒目が大きく描かれ、多少アンバランスさを感じている。

小関幸雄4

 昭和49年から始まった森亮介氏の第4次たつみ時代に小関幸雄の名前が出ている。私が竹井の小関幸雄の「福太郎型や栄五郎型」のこけしを最初に手にしたのは昭和52年ごろで、亮介氏の指導のもと、師福太郎の雰囲気が色濃く出ていた。 昨日、今日と小関幸雄の「たつみ時代」以前のこけしを観てきたが、私はその中により多く、竹井のこけしの素朴で暖かい味わいを感じることができる。

こけしの話340

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小関幸雄3 竹井の鄙びたこけし

小関幸雄3 竹井の鄙びたこけし

 今年は7月に入り、雨は少なく予想以上に早く暑い夏が始まった。心身ともに暑さに対し順化できずに、物憂く気力が萎えて行く日々が続いた。

小関幸雄3-2

 先日、やっと気を取り直して、日光の男体山(標高2486m)の頂に立った。中禅寺湖畔の二荒山神社から標高差1200mを黙々と登り、雲の合間から青く澄んだ中禅寺湖や戦場ヶ原を眺め、足元に咲く小さな夏の花々(口絵=ゴゼンタチバナ)に出会った。豊かな自然に触れ普段のリズムを取り戻すことが出来た。

小関幸雄3-1

 今日、紹介するこけしは小関幸雄工人の作品で昭和30年前後の作と思われ、大きさは8寸である。胴は括れ、頭はさし込みになっている。顔は細い筆使いで、小さな口に小さな鼻、少し垂れ気味に描かれ目が弱々しく、それが素朴で鄙びているように映り魅力になっている。

小関幸雄3

 小関幸雄は、大正12年から3年間、冬の農閑期に弥治郎の新山福太郎のもとで木地の手ほどきを受け、昭和14年から山形県米沢市竹井の地にロクロを据え木地を挽き始めた。

こけしの話339

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佐藤誠7 古型

佐藤誠7 古型

 私がこけしを集め始めた昭和52、3年頃、佐藤誠さんのこけしを土湯のアサヒ写真館で何本か購入している。その当時は昭和40年前後の作品でも今(ヤフオクなど)のように安くはなかったように記憶している。

佐藤誠7-1

 今日、紹介するこけしは佐藤誠さんの作品で大きさは8寸3分、製作時期は昭和44年1月ごろ、胴底に本人の達筆な文字で古型と記されている。胴の上部が括れ、丸みのあるやわらかなフォルム、胴模様は赤と緑の染料を使い、細い線と太い線を組み合わせてロクロ模様が引かれいる。少し角ばった大きめの頭で、顔は頬紅が薄っすらと残っており、涼し気な目に二筆の赤い口が微笑んでいるように描かれ愛らしい。

佐藤誠7

 この佐藤誠さんのこけしを眺めていると、佐藤光良氏の小説集「父のこけし」の最後の章が浮かんでくる。

 「工房は家の裏側につぎたされたかたちで作られていて、十畳ほどの広さのその内部の右側には、こけしの原木がこまぎれにされて堆積していた。(中略)部屋のぐるりにもさまざまな工具類がかかっていてにぎやかだったが、描彩のための絵皿、小筆、スズリ箱と見ていって、その絵皿に紅が付着し、スズリのくぼみに墨がまだのこっているのを目にしたときには、胸をつかれた。思わず、父をここにもう一度すわらせてみたい、子の私に、こけしを挽くところを見せてもらいたい、と思った。(中略)その白い顔にどのように目をかき、眉をひき、頬紅をさすのか見せてくれ、親父よ、と思ったものである。
 だが、そのときはもう、父は命をおとしていた。知らないのは父の家に戻っていた私たちだけだった。」

 この一節は、仕事中に倒れ意識のない父を家族や高橋精志さんと共に病床を見舞い、昏々と眠る中、今日は大丈夫だろうと、その夜遅くに父の住んでいた平泉の工房を訪ねる。父の仕事場に立ち、想いを馳せているときに、病院から、父誠が息を引き取ったと知らせが入った。
 
こけしの話338

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