2011-06

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本間留五郎1 昭和17作

本間留五郎1

 昭和48年のオイルショックにより石油エネルギーの価格が急騰した。巨大エネルギーを消費する業種は大きな危機に瀕し昭和50年代初頭から省エネルギー熱が高まった。私も昭和52年の4月に省エネのプロジェクトチームに参加することになった。
 私の所属したチームに山形県の温海温泉に実家があるTさんがいた。Tさんは福島県田村の出身で、父親の仕事の関係で宮城や山形を転々としていたそうだ。私はこけしの蒐集を始めて間もないころだったので東北地方の旅の話題で盛り上がり、親子ほど年が離れていたのに気が合い家に食事に招待されたりするようになった。いつの間にかTさんも実家に帰るたびにこけしを買い蒐集するようになり、私も何点かお土産に頂いたりした。
 温海時代の話題では阿部進也さんと歳が近く一緒に遊んだことや常吉さんの工房を覗いたりしていた話をしていた。
 このプロジェクトは2年間で初期の目標を達成することができたので解散することになったが、その後もTさんとは時々会ってはこけしの話をしたりお酒を飲んだりしていた。一緒に仙台や秋保に旅行をしたこともある。十数年前に定年になり奥さんの実家がある仙台にマンションを購入し帰っていた。定年後、何年かは年賀状が届いたりしていたが今は音信が途絶えて久しい。

本間留五郎1-1
 
 写真のこけしは本間留五郎さんの5寸で昭和17年の作、日焼けと褪色が著しいが桔梗の茎と葉に緑色が微かに残っている。顔は細い眉・目と鼻の距離が大きく戦前の留五郎さんの特徴が出ている。
 この温海のこけしを眺めながら仙台で暮らすTさんの事を、ふと思った。震災後も無事に暮らしているのだろうかと。 

本間留五郎1
 
 本間留五郎は明治42年12月6日に山形県の温海に生まれ、大正13年4月より鳴子の岡崎斉の元で木地修業を始める。昭和2年の年期明け後に岡崎才吉の工場で職人を勤め、昭和12年に応召し昭和15年の除隊を機に故郷の温海へ戻り木地屋を開業、家業の時計屋の傍ら木地玩具やこけしを製作した。


こけしの話10

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