2017-05

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高橋雄司2

 高橋雄司2

 木地山系の高橋雄司工人のこけしは縞柄の着物を着たものが多く変化の少ない工人の一人と思っていた。最近、改めてWebなどで見ると胴の形・胴模様など変化に富んだ作品が少なくないことを発見した。縞柄の着物に締める帯一つとっても一様では無く鮮やかな赤や緑に赤い柄の入った帯などを見かけることがある。

高橋雄司2-1

 このこけしの大きさは6寸で昭和50年代の作と思われる。縞柄の着物に縞柄の帯、父兵次郎とは一味違う穏やかで上品な顔に描かれている。

高橋雄司2


こけしの話92

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高橋兵次郎3 77歳の作

 高橋兵次郎3 77歳の作

 高橋兵次郎の77歳、昭和49年の作品を紹介する。大きさは8寸、この年に亡くなっているので兵次郎の最晩年の作品になる。

兵次郎3-1 77歳

 老いても筆力は衰えることも枯れることも無く、顔の表情を見るとむしろ艶っぽい雰囲気が出ている。

兵次郎3 77歳


こけしの話91

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高橋兵次郎2 72歳

高橋兵次郎2 72歳

 前回は高橋兵次郎の昭和30年代のこけしを紹介したが、今日は昭和45年頃の制作で72歳と記してある作品を紹介する。大きさは6寸で、胴と比較するとかなり頭が大きい幼児体型をしている。

兵次郎2-1 72歳

 先日の兵次郎こけしは面長で目と眉の間隔がかなり離れていたが、この72歳のこけしは顔の描彩のバランスが整い穏やかな雰囲気を醸している。

兵次郎2 72歳

 ブログを書き始めて、写真を通してこけしを眺めるようになり、今まで見過ごしてきた細部の違いが見えるようになり、新たな楽しみが増えたように最近感じている。


 こけしの話90

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高橋兵次郎1 兵次郎一家のこけし

 高橋兵次郎1 兵次郎一家のこけし

 高橋兵次郎一家のこけしについて先にブログでは長男の雄司、孫の秀雄の作品を紹介してきた。今日は初代の高橋兵次郎のこけしを紹介する。

兵次郎1-1

 初代・高橋兵次郎は明治31年に木地師・徳左衛門の二男として旧川連村に生まれ、大正元年から父について木地を習った。こけしは昭和7年ごろから始め、作品は8年の橘文策氏の頒布品から知られるようになった。戦後は昭和30年ごろから本格的にこけし作りが復活し昭和49年に77歳で亡くなっている。弟子に長男の雄司、阿部平四郎がいる。

兵次郎1

 大きさは7寸、目と眉の間隔が大きく開き、目の焦点が合わず虚ろな顔をしている。縦縞模様の間隔が昭和40年代ごろの作と比べると細い線をしていて、復活して間もないころ作と想像する。


 こけしの話89

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高橋雄司1 親子

 高橋雄司1 親子

 昭和63年10月2日に高橋雄司親子のこけしを購入したことを私のブログ「SOUDO舎日記 こけし物語6」に書いているが、その時に一緒に購入した雄司のこけしを紹介する。
 高橋雄司工人は昭和9年11月12日に兵次郎の長男として生まれた。昭和25年ごろから父・高橋兵次郎について木地を修業し、昭和39年ごろにこけしを作り始めた。父の作風である縞模様の着物姿のこけしを多く作り続けている。

高橋雄司2

 私は兵次郎一家のこけしは縞模様の着物姿しか見ていなかったので赤い菊を描いた胴模様を見て新鮮に思え手にしたものだ。

高橋雄司1
 
 2枚目の写真はその時に購入した父子のこけしだ。雄司のこけしは8寸、秀雄のこけしは6寸である。父雄司は兵次郎からこけしの技術を受け継ぎ守ってきた。そして息子秀雄が後継者の道を歩みだし一安心した時期の作品だになる。こけしの顔も嬉しそうに目を細め笑っている。


こけしの話88

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