2017-10

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蔦まもる2 つた屋

蔦衛2 つた屋のこけし

 私がこけしを集めるようになった昭和52、3年ごろに蔦衛のこけしを見かけることはあまりなかった。写真などで見ると目が大きく猫鼻でおちょぼ口、頬紅を塗った顔はマンガチックに映り、当時は「蔦まもる」のこけしに惹かれることはなく最近まで1本も持っていなかった。

蔦衛2-1

 が、胴底に「小の川温泉、蔦まもる」の署名があるこのこけしも、前出の衛1や前々出の作蔵2の褪色はしているが渋目に映る「つた屋」のこけしを観るようになってからは気にならなくなり、今では何本か飾って眺めている。

蔦衛2

 今回のこけしは平成16年にヤフオクで購入したもので大きさは8寸、胴は重ね菊ではなく鳴子風の菊の花が3輪描かれている。少し垂れ目でオチョボ口、頬紅が描かれた顔は愛らしい。

こけしの話172

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蔦まもる1 つた屋のこけし

蔦衛1 つた屋のこけし

 今日は早朝から長男は窯出しを始めた。イベントや常設の店に搬入する作品を居間に並べている。
 焼き物を造り、それを生業にすることは経済的に軌道にのるまでは並大抵のことではない。その反面、息子を見ていると良いなと思う時がある。土を練りロクロで器をひき上げ、高台を削り、水分が抜けるまで乾燥をさせる。700℃で素焼きの後に釉掛けを行う。最後に窯詰をし1250℃前後の本焼きを経て作品が仕上がる。窯の温度が下がり窯の扉を開くと感動と喜びが走る。

蔦衛1-2

 「つた屋」の2代目、蔦衛(まもる)は昭和3年11月10日に宮城県に生まれ、小野川温泉の蔦作蔵の家に養子に入った。木地挽きは昭和18年に養父作蔵の指導で習得した。
 年譜の中に初代作蔵を紹介した写真があり、衛についても海軍に入隊したころの写真や14、5歳ごろの養父作蔵と並んだ写真が掲載されている。

蔦衛1-1

 この衛のこけしの制作年代は不明である。大きさは6寸程で、丸く大きめの頭がのり幼児体形で、全体的に褪色が進んでいて、胴の正面の赤いロクロ模様は薄く残っているが緑の線は殆んど消えかけている。

蔦衛1

 おかっぱ頭に黒い瞳で小さな口が澄ました童女の顔に映ってみえる。
  
こけしの話171

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蔦作蔵2 つた屋のこけし

蔦作蔵2 つた屋のこけし 

 「つた屋物産」(日本一の独楽造り工房と小野川温泉お土産製造・販売)のホームページを見ると独楽や木地玩具の紹介と創始者の蔦作蔵の年譜や写真が掲載されている。年譜は以下のようになる。人生の後半は小野川温泉の名士としての作蔵をこの年譜から垣間見ることができる。

・明治25年 宮城県大河原町に生まれる。
・明治40年 (16歳)白石市弥治郎の木地師佐藤勘内に弟子入り、父の栄治の指導で、修行する。
・大正 2年 (22歳)山形県小野川温泉で独立開業する。
・大正14年 (34歳)小野川スキークラブを結成し、推されて副会長。
・昭和 3年 (37歳)日本初のこけしの本「こけし這子の話」に工人として紹介される。
・昭和14年 (48歳)ベルギー・ブランセル国際人形博覧会に財団法人国際文化振興会の委嘱でこけしを出展する。
・昭和28年 (63歳)小野川商業組合の初代組合長となる。
・昭和29年 (64歳)山形県こけし会が設立され、副会長に推される。
・昭和30年 (65歳)火野葦平が来訪し、小説化のため、手記の執筆を約束する。
・昭和32年 (66歳)永眠する。

 年譜の他に作蔵の制作風景や衛(養子)、次男の文男の子供時代の写真も興味深いものが多い。

蔦作蔵2-1

 今回の作蔵のこけしも制作時期は不明であり大きさは8寸、全体的に古色を帯び赤と紫のロクロ模様は褪色している。赤いロクロの線を挟むように細い緑色の線を引いているがこれも消えかけている。保存状態の悪いがあまり気にならない。むしろ、しっとりとした落ち着きを感じる。

蔦作蔵2

 おかっぱ頭に少し垂れ目で小さな口、童女のように愛らしい顔をしている。私は目がパッチリとした「つた屋」のこけしは好みではなかったが、この古色を帯びた作蔵のこけしと出会ったことで少しだけ見方が変わってきた。

こけしの話170

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蔦作蔵1 髷こけし

蔦作蔵1 髷こけし

 今日は山形県小野川温泉の蔦作蔵のこけしを紹介する。作蔵は明治25年に宮城県大河原町に生まれた。明治40年に弥治郎の佐藤勘内のもとに弟子入りをしている。その当時のことは土橋慶三氏の著書「こけしの旅」の中に作蔵の話が掲載されているので少し長くなるが引用してみたい。

蔦作蔵1

 「私は明治40年旧7月20日、17歳のとき、勘内のところに弟子入りした。初めはあまり気が進まなかったが、さて出かけてみると勘内という師匠は、こちらの気持ちを察してくれて何かと親切に世話してくれたので、はじめてやる気になった。………後略」、この中で作蔵は勘内の家にはロクロがなかったので実際には本家の「佐藤栄治」のところで木地の指導を受けたと語っている。

 つた屋の創始者作蔵は22歳、大正2年に山形県の小野川温泉で独立開業している。

蔦作蔵1-1

 作蔵の髷のこけしは「こけしの旅」の中ではこんなことを言っている。「マゲ付こけしの元祖は栄治で、次に私(作蔵)が真似をし、栄五郎もこれを真似た。」と。弥治郎の髷こけしは栄五郎型を思い浮かべるが……。

 このこけしの制作年代はいつ頃だろうか。大きさは3寸で花模様の着物に縁は赤で緑色の帯を締め、赤い縞の前掛けを着けている。少し垂れ目気味の顔が愛らしい。

 こけしの話164

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