2017-05

Latest Entries

蔦まもる2 つた屋

蔦衛2 つた屋のこけし

 私がこけしを集めるようになった昭和52、3年ごろに蔦衛のこけしを見かけることはあまりなかった。写真などでは目が大きく猫鼻でおちょぼ口に頬紅の顔、重ね菊の胴模様で可愛らしいこけしは見たことはあったが、その当時は派手で創作的な雰囲気の「蔦まもる」のこけしには惹かれることはなかった。

蔦衛2-1

 が、胴底に「小の川温泉、蔦まもる」の署名があるこのこけしも、前出の衛1や前々出の作蔵2の褪色はしているが渋目に映る「つた屋」のこけしを観るようになってからは気にならなくなった。

蔦衛2

 今回のこけしは平成16年にヤフオクで購入したもので大きさは8寸、胴は重ね菊ではなく鳴子風の菊の花が3輪描かれている。少し垂れ目でオチョボ口の両脇に頬紅が描かれ愛らしい。
  

こけしの話172


スポンサーサイト

テーマ:趣味と日記 - ジャンル:趣味・実用

蔦まもる1 つた屋のこけし

蔦衛1 つた屋のこけし

 今日は早朝から長男は窯出しを始めた。イベントや常設の店に搬入する作品を居間に並べている。
 焼き物を造り、それを生業にすることは経済的に軌道にのるまでは並大抵のことではない。その反面、息子を見ていると良いなと思う時がある。土を練りロクロで器を引き上げ、高台を削り乾燥をさせ素焼きの後に釉掛けを行う。最後に窯詰をし本焼きを経て作品が仕上がる。窯の温度が下がり窯の蓋を開くと感動と喜びが走る。

蔦衛1-2

 「つた屋」の2代目、蔦衛(まもる)は昭和3年11月10日に宮城県で生まれ、小野川温泉の蔦作蔵の家に養子に入った。木地は昭和18年に養父作蔵の指導で習得した。
 初代作蔵を紹介した写真があり、海軍に入隊したころの写真や14、5歳ごろに見えるが養父作蔵と並んだ写真が掲載されている。

蔦衛1-1

 この衛のこけしの制作年代は不明であり大きさは6寸程でかなり褪色している。正面の胴は赤のロクロ模様は薄く残っているが緑の線は殆んど消えている。おかっぱ頭に黒い瞳で小さな口が澄ました顔に写っている。

蔦衛1

   
こけしの話171


テーマ:趣味と日記 - ジャンル:趣味・実用

蔦作蔵2 つた屋のこけし

蔦作蔵2 つた屋のこけし 

 「つた屋物産」(日本一の独楽造り工房と小野川温泉お土産製造・販売)のホームページを見ると独楽や木地玩具の紹介と創始者の蔦作蔵の年譜や写真が掲載されている。年譜は以下のようになる。人生の後半は小野川温泉の名士としての作蔵を年譜から垣間見ることができる。

・明治25年 宮城県大河原町に生まれる。
・明治40年 (16歳)白石市弥治郎の木地師佐藤勘内に弟子入り、父の栄治の指導で、修行する。
・大正 2年 (22歳)山形県小野川温泉で独立開業する。
・大正14年 (34歳)小野川スキークラブを結成し、推されて副会長。
・昭和 3年 (37歳)日本初のこけしの本「こけし這子の話」に工人として紹介される。
・昭和14年 (48歳)ベルギー・ブランセル国際人形博覧会に財団法人国際文化振興会の委嘱でこけしを出展する。
・昭和28年 (63歳)小野川商業組合の初代組合長となる。
・昭和29年 (64歳)山形県こけし会が設立され、副会長に推される。
・昭和30年 (65歳)火野葦平が来訪し、小説化のため、手記の執筆を約束する。
・昭和32年 (66歳)永眠する。

 年譜の他に作蔵の制作風景や衛(養子)、次男の文男の子供時代の写真も興味深いものが多い。

蔦作蔵2-1

 今回の作蔵こけしも制作年代は不明であり大きさは8寸、全体的に古色を帯び赤と紫のロクロ模様は褪色している。赤いロクロの線を挟むように細い緑色の線を引いているが消えかけている。保存状態の悪いこけしだがあまり気にならない。むしろ、しっとりとした落ち着きを感じる。

蔦作蔵2

 おかっぱ頭に少し垂れ目で小さな口、童女のような顔が愛らしい。私は目がパッチリとした「つた屋」のこけしはあまり好みではなかったが、この古色を帯びた作蔵こけしとの出会いが見方を変えてくれた。


こけしの話170


テーマ:趣味と日記 - ジャンル:趣味・実用

蔦作蔵1 髷こけし

蔦作蔵1 髷こけし

 今日は山形県小野川温泉の蔦作蔵のこけしを紹介する。作蔵は明治25年に宮城県大河原町に生まれた。明治40年に弥治郎の佐藤勘内のもとに弟子入りをする。その当時のことは土橋慶三氏の著書「こけしの旅」の中に作蔵の話が掲載されているので引用する。

蔦作蔵1

 「私は明治40年旧7月20日、17歳のとき、勘内のところに弟子入りした。初めはあまり気が進まなかったが、さて出かけてみると勘内という師匠は、こちらの気持ちを察してくれて何かと親切に世話してくれたので、初めてやる気になった。………後略」この中で勘内の家にはロクロがなかったので実際には本家の「佐藤栄治」のところで木地の指導を受けたと語っている。

 つた屋の創始者作蔵は22歳、大正2年に山形県の小野川温泉で独立開業している。

蔦作蔵1-1

 作蔵の髷のこけしは「こけしの旅」の中ではこんなことを言っている。「マゲ付こけしの元祖は栄治で、次に私(作蔵)が真似し、栄五郎もこれを真似た。」と。弥治郎の髷こけしは栄五郎型を思い浮かべるが……。

 このこけしの制作年代はいつ頃だろうか。大きさは3寸で花模様の着物に緑の帯を締め赤い縞の前掛けを掛けている。少し垂れ目の顔が愛らしい。


 こけしの話164



テーマ:趣味と日記 - ジャンル:趣味・実用

«  | ホーム |  »

プロフィール

soudo

Author:soudo
FC2ブログへようこそ!

 

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

 

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

 

 

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

 

QR