2017-08

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福地芳男1 中ノ沢のこけし

 福地芳男1 中ノ沢の工人

 昭和50年発行の「伝統こけし工人手帳」を開くと、中ノ沢温泉でタコ坊主を作っている工人は酒井正進さんと福地芳男さんの2人がいて、猪苗代町全体では6名の工人がこけしを作っていた。

福地芳男1-3

 昭和50年代のことになるが、磐梯熱海から中ノ沢に抜ける母成グリーンラインが開通した。中ノ沢温泉に入ると、坂道に並ぶ旅館や土産屋さんにこけしが飾ってあり、当時の風景を懐かしく思い出すことがある。

 7月20日(日)に雨の中、西田記念館の「美轆展」や土湯温泉の「アサヒ写真館」でこけしを観た後に会津若松に向かって車を走らせて行き、トンネルを抜け猪苗代町に入ると雨が上り青空が見え始めてきたので中ノ沢温泉に寄り歩いてみることにした。

福地芳男1-2

 温泉街の駐車場に車を止め坂道を下るように街を歩いていみた。人通りが少なく左右に旅館や土産屋が立ち並ぶ風景は当時とあまり変わらないように気がする。暑い日差しの中を歩いているとタコ坊主を並べている店を見つけた。「かどや物産店」という看板の掛かる店の中に入り話を聞くと福地芳男工人の店だという。店番をしていた奥様からタコ坊主を作っていたころの話を伺い古い写真なども見せて頂いた。店の中には30年近い歳月が流れ、色褪せた大小の福地工人のタコ坊主が飾ってあり当時を偲ぶことが出来た。

 中ノ沢温泉でタコ坊主を売る店は「かどや物産店」1軒だけになってしまった。この現状を何とかならないだろうかと思いながら中ノ沢を後にした。

福地芳男1-1

 我が家には、福地工人のタコ坊主は一つしか持っていない。それも頂き物で有色材の木地なのであまり飾ることも無かったが、今日ひさしぶりに棚からだし眺めてみた。昭和58年9月の作で大きさは5寸、私には中ノ沢の現状を憂いるような神妙な顔つきに映り、一抹の寂しさを感じる。

福地芳男1
 
 福地工人は昭和2年4月11日に商業、福地卯三郎の長男として中ノ沢に生まれ、木地は阿部一郎、岩本芳蔵に師事したという。昭和60年に58歳の若さで亡くなっている。 


こけしの話217

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瀬谷重治3 中ノ沢のこけし

 瀬谷重治3 
 
 私は磐梯熱海から中ノ沢温泉を通る母成グリーンラインを何度も走ったことはあるが、中ノ沢温泉を素通りして一度も寄ったことがない。中ノ沢を通るときに交差点の角にある土産屋の窓にタコ坊主が並べられているのを信号待ちをしながら眺めていたことを思い出す。

 あの店は今もあるのだろうか。一度も寄らぬまま、今も気になっている。
 
重治3-1

 今日のこけしは瀬谷重治工人のタコ坊主で大きさは7寸1分、昭和57年の作である。細身の胴に井桁の柄の帯を締めて、全体的に淡い色使いになっている。目鼻も小さく優しい顔のタコ坊主である。

重治3

 重治工人といえば濃い隈取にギョロリとした大きな目、胴模様も濃いめの染料で力強く牡丹やコスモスを描く工人の印象を強く持っていた。このタコ坊主を眺めながら新たな一面を発見し喜びを感じている。

こけしの話202
 

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柿崎文雄4 中ノ沢のこけし

 柿崎文雄4
 
 先に紹介した「スターネット」のオーナー馬場浩史さんのインタビュー記事で、店の前にある「須田ヶ池」を浄化したいと思っている話をされていた。濁った水をきれいにして蛍の飛ぶ池に戻したいと。

柿崎文雄1-2

 池の畔に立つと桜の葉が少し色づきはじめていた。カモの仲間か水鳥が悠々と泳いでいた。いつか透き通る水に蘇る日が来ることを願いた。

 私が注文した塩パンケーキは塩味で野菜の美味しさを引き立たせていた。量的に少ないと思ったが空腹を満たすのには充分だった。

柿崎文雄1-3

 リネンの服を着たスタッフにメニューのことなどを訊ねると丁寧な言葉で教えてくれる。

柿崎文雄1

 柿崎文雄工人の2寸。五色沼の土産屋さんに1寸5分ぐらいの大きさから沢山飾ってあった小寸こけし、形や顔が微妙に違う。その中から3個ほど選んだ。

柿崎文雄1-1


こけしの話141


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柿崎文雄3 中ノ沢のこけし

 柿崎文雄3
 
 先日、益子に行ったが私のお気に入りの店がある。「STARNET(スターネット)=土地の新鮮な食材で提供されるオーガニックな食。益子伝統の手仕事に、デザインや使い心地を追求してつくり上げられてきたオリジナルの陶器。草木染めのオーガニックコットンやリネンの服。靴や鞄もヌメ(草木のタンニンでなめす)の革を使った手仕事。この場所でレコーディングされたスターネットレーベルの音楽。……後略」馬場浩史さんのインタビューの記事を抜粋(詳しくはマガジンハウスのWebで)

柿崎文雄3-2

 地元の有機野菜を中心に料理を出してくれるオーガニックカフェ「スターネット」で昼食を食べた。以前はもう少しメニューが多くいろいろと楽しめたのに、作り手が一人になったため休日のランチは一品となってしまった。

柿崎文雄3-3

 妻と息子はカレーを私は塩パンケーキを注文した。カレーとパンケーキに付いてきた野菜は新鮮で塩を軽く振りかけただけのシンプルな味付けだが美味しく頂けた。追加で注文した野菜サラダも軽くバルサミコと塩味、色とりどりの地元の野菜を盛り付け、どれも、これも新鮮。最後に、この店のアンティークな椅子やテーブルでゆっくりと時計を止めコーヒーを飲んだ。

柿崎文雄3

柿崎文雄工人の6寸。おどけた表情が良い。

柿崎文雄3-1


こけしの話140

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柿崎文雄2 たこ坊主

 柿崎文雄2 5寸の善吉型

 先週、益子に行ってきた。久しぶりだ。共販センターからメイン通り、古い窯元が並ぶ城内坂通りを歩いてみたが休日なのに閑散としていた。共販センターの裏手にある「陶芸メッセ」も訪れる人が少なく浜田庄司邸をゆっくりと時間をかけ見学をすることが出来た。

柿崎文雄2-2

 浜田邸は20年ぐらい前に「陶芸メッセ」の目玉として移築したと聞いている。ここに移築する前の旧浜田邸は広大な敷地に、浜田庄司が蒐集したコレクションを展示する参考館や大きな登り窯、塩釉用の小さな窯、浜田庄司の仕事、足跡を辿ることができた。今は母屋兼工房を見学するだけで浜田庄司の歩んだ息づかいを感じる事が出来なくなり寂しい。

柿崎文雄2-3

 以前は益子に年に数回は訪ねていた。何年も続けて、正月の恒例になった知人の個展に行くことから始まり、5月の陶器市等々、四季折々足を運んだ。
 共販センターから少し離れた場所に陶芸村と呼ばれた建物があり、「無尽蔵」というレストランには店の主人が集めた陶器とこけしが飾ってあった。こけしは100本以上あったと思うがガラスケースに並べられ観ることが出来た。ガラスケースの隣のテーブルでコーヒーを飲みこけしを眺め時間をつぶす事ができた。「無尽蔵」と同じ敷地には陶器や民芸品を扱う店があり、種類は少なかったがこけしを売っていて中ノ沢のこけしを何本か購入したことがある。
 益子は私が20代の前半に焼き物の魅力を知り、こけしと長く付き合うきっかけとなった思い出の土地だ。以前のように四季折々足を運んでみたいと思う。

柿崎文雄2

 柿崎工人の5寸、善吉型、以前に購入していたものだ。多分来年になると思うが猪苗代方面に行く機会があれば柿崎工人の工房を訪ね人柄に直に触れてみたいと思っている。

柿崎文雄2-1

 柿崎文雄工人は昭和22年5月に猪苗代町で生まれた。昭和38年に岩本芳蔵の弟子として入門したが師芳蔵が体調を崩したために鳴子の高亀で木地を習得した。昭和42年に猪苗代に戻り善吉型を造ることを許され、昭和44年に独立し中ノ沢のたこ坊主を造り続けている。

こけしの話139

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