2017-06

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荒川洋一94 磯谷直行型

荒川洋一94 磯谷直行型

 4月に入ったのに今日も気温は上がらない。厚手のコートを着ている人を見かける。友人から鹿島セントラルホテルの桜が咲き始めたとメールが届いた。澄んだ青空のもと、1分咲ぐらいだろうか、疎らに咲いている姿がいじらしい。

荒川洋一94-3

 荒川さんの略年譜の中に「こけし(タコ坊主)の創始者、岩本善吉、そして岩本芳藏に惹かれ四十有余年」とある。昭和45年に岩本芳藏に師事し芳藏型に専念し、昭和47年に善吉型の復元を許されてからは、数々の善吉の古作と向き合い成功をおさめている。また喜多方の小椋千代五郎、甚九郎や後継者の無い須賀川の松木朝臣などのこけしの復元も果たしている。

荒川洋一94-1

 今日、紹介するこけしは荒川洋一さんの磯谷直行型で大きさは8寸2分、背中には「愛玩鼓楽 発刊記念 三百の内 二六三」と記されている。荒川さんの略年譜では、昭和60年の項に「愛玩鼓楽 発刊記念に際し磯谷直行遠刈田風復元」とあり、鈴木鼓堂氏の所蔵品を原に復元している。

荒川洋一94

 昨年、荒川さんのご自宅にお伺した時に、私が所有している「岩本芳藏」の磯谷直行型の写真を持参し、芳藏さんの直行型に付いて知っていることをお聞きしたが、見たことも作っていたことも記憶にないとのことであった。磯谷直行型のこけしに関しては師芳藏と洋一さんの接点はなかったということが結論になる。

荒川洋一94-2

 以前、こけしの話296(2016年8月7日)で紹介した芳藏さんの直行型と荒川さんの直行型を2つ並べてみると、原の違いによるものであると想像するが、頭の大きさや手絡の向き、胴模様の描き方など大きく異なっていることがわかる。

 荒川さんは復元した当時、40代であり筆に勢いがある。写真などで観る直行型は角ばった大きな頭で厳つく感じていたが、手に取ってじっくり眺めてゆくうちに、キリッとした目や引き締まった口、品の良い健康的で溌剌としたこけしであるという印象に変わってきた。

こけしの話327

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荒川洋一93 善吉型

荒川洋一93 善吉らしい善吉

 昨日(1月14日)は私の実家に年始の挨拶に行った。母が入院しているために、以前のように長居することは少なくなった。今回も朝、早めに行き仏壇に線香をあげ、兄夫婦に年始の挨拶をして、昼前には実家を後にした。お昼は何処かでランチをと、実家から車で30分位走り、焼き物の里、笠間市を訪ねた。

荒川洋一93-2

 笠間では最初にお稲荷さんに行きお参りをした。本殿の前では柱に繭玉(まゆだま)の飾り付けをしていた。私の子供の頃には餅花(モチバナ)と呼び、何処の家でも今頃の季節に父親が餅を搗き、家族で餅を丸め枝に刺し、土間に飾っていたことを思い出す。子供の頃の記憶が蘇り、懐かしくなり眺めていると、飾り付けをしていた若い巫女さんが明日(15日)からはじまる小正月の準備をしていると説明いて下さった。私の妻は小さく丸めた紅白の餅を何個か木の枝に飾らせて頂いていた。
 
 繭玉は紅白の餅をヤナギやミズキの枝に付けお供えをし、五穀豊穣や養蚕業の豊産をお祈りする風習であり、台所や小縁などに飾っていた。

荒川洋一93-3

 昼食は笠間稲荷の隣に店を構えている「むぎとろ量深(りょうしん)」に入った。この店はメニューの種類は少ないが料理の素材にこだわりを持っている。私は三河産の鰻の蒲焼と地元の卵を使った厚焼き玉子が乗っている「うな玉」を、妻は三浦半島から入ったという天然まぐろと地元の山芋を使った麦とろ御膳を注文した。

荒川洋一93-4

 量深の座敷に通され、雪見彰子から差し込む陽の光が伸びはじめた冬の庭を眺めながら、ゆっくりとランチの箸を動かした。

 前にもブログで紹介したかも知れないが、武蔵野の鰻の老舗「田川」が閉店する時、150年間守ってきた味が消えてしまうのを惜しみ、量深の今のご主人に託した。笠間の地で老舗「田川」の鰻の味を引き継いでいる。

荒川洋一93-1

 今日、紹介するこけしは荒川洋一さんのタコ坊主で大きさは8寸、胴底には最初の所有者の購入時期と思われる日付が鉛筆で「平成9年4月1日」と記されている。今から10年前、荒川さんの60代後半の作品で溌剌とした筆使いである。

荒川洋一93

 やや細めの胴には色鮮やかな染料でボタンの花を描き、顔は赤い隈取の中にギョロリッとした大きな目が2つ、何かを凝視している。いかにもタコ坊主らしいタコ坊主の姿であり、荒川さんが作る中ノ沢のこけしである。

こけしの話317

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荒川洋一92 山河之響の会展の植木型

荒川洋一92 山河之響の会展の植木型

 昨日(12月23日)、千葉県鴨川市にある棚田百選に選ばれている大山千枚田に行きイルミネーションを観てきた。田圃の畦道に10,000個のLEDのキャンドルが設置され、夕暮れと共に徐々に灯りはじめる。背後の黒い山並みと棚田に灯る無数の光のまたたきが醸す幻想的な風景を楽しんできた。

荒川洋一92-2

 今日のこけしは第9回の「山河之響の会」展で4本目に選んだ荒川洋一さんのタコ坊主である。大きさは5寸で「植木型」と呼ばれている。私の好きなこけしの一つで、この「植木型」を機会あるごとに集めている。

荒川洋一92-1

 荒川さんに頂いた略年譜の昭和47年の項に、「恐るおそる芳藏に善吉型復元を願い許される。」とあり、私は荒川さんの工人としての歩みを確かめるように、「植木型」を昭和47年作の古い順から並べ眺めることがある。

荒川洋一92

 平成21年に山河之響の会が結成され、今回の書肆ひやねの作品展で9回を数える。佐藤一夫さんと小笠原義雄さんは昭和11年生まれで80歳、荒川さんは昭和13年生まれで78歳になる。物を作る仕事を生業にしているからだろう。3人とも年齢より若々しく羨ましくもあり嫉妬することがある。

こけしの話313

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荒川洋一91 「ET」顔

荒川洋一91 「ET」顔

 午前中は映画を観て、近くの道の駅で昼飯を食べた。今日は風も無く暖かい。ジャンパーやセーターを脱ぎ、愛犬と水田や蓮田に囲まれた道の駅の周りの畦道をを散歩した。遠くには筑波山が霞んではいるが雲の上に浮かんでいるように見え、広々とした蓮田ではあちらこちらでレンコンを収穫している。

荒川洋一91-2

 あと2週間もすれば新年を迎える。今日のようにポカポカとした中を、フワフワと長閑な風景を眺めながら歩いていると師走の実感があまり湧いてこない。

荒川洋一91-1

 「山河之響の会展」で3本目に選んだこけしを紹介する。このこけしの顔を見たとき、眉の描き方が、風邪をひいてマスクから目だけ出ている荒川さんの少し垂れ気味の眉に似ており、私は思わず手に取っていた。

 最終日とあって、荒川さんのこけしの棚も残り少なくなっていた。この4寸に満たない小さなこけしの同手のものは誰かに引き取られ、 最後の1本となっていた。

荒川洋一91

 大きさは3寸8分で、胴には赤、緑、紫の濃い染料でロクロ模様が引かれ、顔は離れ気味に描かれた眉と眼、大きな鼻と小さな口、少しアンバランスに映るが、何処となくスピルバーグの映画に出て来る「ET」の顔に雰囲気が似ている。
 
 などと、ガラス窓から差し込む午後の暖かい陽射しの中で、ぼんやりと一人で空想に耽りながら、こけしを眺めるのも楽しい一時である。

こけしの話312

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荒川洋一90 髷の善吉型

荒川洋一90 髷の善吉型

 山河之響の会展を観てから銀座や丸の内辺りをブラブラしながら、三菱一号館の中庭で食事をした。A-16TOKYO(エーシックスティーントウキョウ)はカルフォルニア発のイタリアンレストランだそうで、妻と2人でスパークリングワインやビールを飲みながらパスタやサラダを食べた。11月下旬でも天気が良く暖かい。風に吹かれながら気持ちよく美味しく食事ができた。田舎者の悲しいサガで都会に出ると、腹が減り旨いものを食べたくなり仕方がない。

荒川洋一90-2

 山河之響の会で購入した2本目のこけしは髷を結った善吉型で、このこけしの原は西田記念館にあるそうで、「いつ頃、復元したのですか。」とお聞きしたら、荒川さんは「平成になってからだと思う。」との答えが返ってきた。

荒川洋一90-1

 大きさは6寸7分で、桜の花が胸の高さの位置に前と後ろに一輪ずつ描かれ、顔は髷を結っているからだと思うが女性らしく愛しく映っている。髷を結った善吉はタコ坊主ではなくタコ娘とでも呼ぶのだろうか。

荒川洋一90

 神田の「書肆ひやね」で開催されていた「第9回 山河之響の会展」は桜井昭寛さんと鈴木明さんが新たに加わり6人展となり、盛況のうちに終了したが、私には最近の展覧会に佐藤誠孝さんや鈴木征一さんの参加がなく少し物足りなさを感じている。

こけしの話311

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