2017-11

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木村吉太郎2 仙台の古本屋さん

木村吉太郎2 仙台の古本屋さん
 
 この季節になると計ったように白侘助の花が咲きだす。花が少なくなる季節、庭に出ると、つい眺めてしまう。もう少し寒さが厳しくなると咲くのを止め、残った蕾は寒さの緩む春を待つことになる。

木村吉太郎2-2

 今日、紹介するこけしは木村吉太郎の作で大きさは7寸である。胴裏に薄い緑の染料で上ノ山と書かれ、木村吉太郎と署名がある。胴模様は上下に赤と緑の染料でロクロ模様が引かれ牡丹の花が一輪と蕾が一つ描かれている。眉や目鼻を描く筆使いに震えがなく強弱がハッキリとして、全体的にキリットした仕上がりになっているので、制作時期は病で倒れる前の昭和30年代のもと想像する。

木村吉太郎2-1

 吉太郎は明治29年10月7日に山形県上ノ山に生まれ、明治45年、17歳の時に荒井金七の弟子となり木地を学び、大正7年に23歳で独立開業した。
 昭和41年に脳溢血で倒れたが、回復後に震えるような筆使いのこけしを描き世に出していたが、昭和47年に77歳で亡くなっている。

木村吉太郎2

 前回のブログで、昭和60年頃こけしに対する情熱が薄れた時期があったことを紹介したが、それを僅かに繋ぎ止めていたものがある。それは正月に水戸駅前にあった西武デパートの催事場で開催される古本市である。書店の中に仙台から来る古本屋さんがあり、古書の他にレコードやCDと中古のこけしを一緒に並べていた。私は毎年、実家に帰省したときに、少しの本と気に入ったこけしがあれば1、2本買うのが恒例になっていた。今回、紹介した吉太郎さんのこけしもその頃買ってきたものである。

こけしの話351

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今 晃25 嶽時代

今 晃25 金次郎型嶽時代

 この3連休は天気に恵まれ、私は久しぶりに休日のウォーキングを楽しんだ。風が少し冷たくなり季節を感じながら歩く。まだ紅葉には早いが、道端では秋の陽の光を浴びてツワブキが黄色い花を咲かせいた。

今晃25-2 佐々木金次郎型重ね菊

 今日、紹介するこけしは今晃さんの作品で大きさは7寸3分で金次郎型である。制作時期は昭和59年4月で、胴底には「嶽 今晃」と記されている。

今晃25-1 佐々木金次郎型重ね菊

 造り付の胴は肩が丸く張り、裾は少し広がり安定した形になっている。胴の上下には赤と紫、緑色の染料でロクロ線が引かれ、中ほどにはサクサクと勢いのある筆使いで重ね菊が描かれている。オカッパ頭に目は少し離れ気味、飄々とした顔の雰囲気が良く、今さんならではの魅力を発揮した作品になっている。

今晃25 佐々木金次郎型重ね菊

 今さんのこけしを並べてみると昭和58年、59年頃の嶽時代の作品が比較的多い。昭和60年代に入ってからの今さんのこけしが少ないのは、住宅ローンや子供たちの成長とともに経済的な負担が別な方向にむかうようになったことが主な理由だが、こけしに対する想いが一時的ではあるが薄れたのもその頃である。
 
 何処となく飄々とした顔、この金次郎型のこけしを眺めながら遠い昔を振り返ることがある。

こけしの話350

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鈴木征一14 昭和54年5月

鈴木征一14 昭和54年5月

 鈴木征一さんは昭和19年11月17日に父慶次郎の長男として東京で生まれた。父慶次郎は東京の芝浦製作所で働いていたが、5歳の時に父は肘折の地に帰郷して農業を営みながら民芸店「肘折物産」を始めた。
 その後、征一さんは大蔵村の中学校を卒業して、農業や日雇労働などをしていたが、昭和47年に奥山庫治の元に入門し木地を修業した。5年間ほどは木地下などを挽いていたが、昭和52年5月に独立している。自分の木地にこけしを描き始めたのは昭和53年頃からである。

鈴木征一14-1

 私が鈴木征一工人のこけしに最初に出会ったのは昭和54年5月に弥治郎を訪問したときである。新山佐内さんの店に入りこけしや独楽を展示していた棚に見慣れない肘折のこけしが飾ってあった。誰のこけしだろうと、手に取り胴底を見ると「鈴木征一」という私の知らない工人の名前が記されていたことを思い出す。

鈴木征一14

 今日は鈴木征一さんのこけしを紹介する。大きさは5寸8分で制作時期は昭和54年である。胴模様は赤と緑の染料で上下対象にロクロ線が引かれ、4輪の菊の花だ描かれている。今の征一さんが作るこけしと比べると、菊の花は細い線でチマチマと描き、顔は喜代治の写しだと思うが穏やか過ぎて全体的に物足りなさを感じてしまう。反面、初々しさがこけし工人として歩みはじめて間もない時期の作品であり、遠い思い出と共に大切にしてゆきたい。

こけしの話349

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今 晃24 幸兵衛型達磨絵

今 晃24 幸兵衛型達磨絵

 今日、紹介するこけしは今晃さんの幸兵衛型達磨絵で大きさは6寸、制作時期は平成29年7月である。造り付で胴の中ほどが括れている。胴模様は赤と紫のロクロ模様を引き、それが滲んでいる。そのロクロ線の中に、目は吊り、立派な獅子鼻で、キュッと口を結んだ達磨絵が描かれている。髷を結った幸兵衛型のこけしの顔は穏やかで端正な表情が良い。

今晃24 -2

 原は仙台のカメイコレクションの中にある古作の復元である。この古作の木地は縦に細かい筋が入っているという。今さんはその雰囲気をより忠実に近づけるために材料を堅く加工し難い楢材を選んだと聞いている。私の記憶では楢材で作ったこけしを手にするのは初めてである。軽く握ってみると、微妙に木目の凹凸感があり、木地が堅く密度が大きいために、同サイズのこけしを手に取ったときと重さの感覚が明らかに違っている。ずっしりとした重みが手に伝わって来る。

今晃24 -1
 
 数十年の時を経た「斎藤幸兵衛」のこけしと対峙し、時の流れが作り上げた味わいまでも写し取ろうとする工人の貪欲さを垣間見た気がする。

こけしの話348

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今 晃23 明太郎型

今 晃23 明太郎型

 10月に入り紅葉が気になっていた。3連休の中日(10月8日)に天気が回復する見込みだったので、早朝に起き出し八ヶ岳連峰の北端に位置する蓼科山に向かって出発した。

今晃23 -4

 蓼科山は標高が2,531mで諏訪富士と呼ばれ美し山容に憧れ以前から登ってみたいと思っていた山である。広い頂は全体的にゴロゴロと大きな岩が転がり歩きずらい。この日は晴天に恵まれ360度の展望が楽しめた。北アルプスの穂高や槍ヶ岳がはっきりと見え、南アルプスの北岳や甲斐駒ヶ岳、そして蓼科山から続く八ヶ岳連峰、秩父の山々などが見渡すことができた。
 7合目の登山口から登りはじめ、標高を上げてゆくほどに、白樺やカラマツの柔らかな黄の中に、サクラやモミジがほんの少しアクセントのように鮮やかな赤に色付いている。私は秋色に染まりながら5時間ほどかけ登山道をゆっくりと往復した。

今晃23 -2

 今日、紹介するこけしは今晃さんの間宮明太郎型で大きさは5寸1分、制作時期は平成12年7月である。肩が張り、造り付の胴に丸い頭が乗っている。胴模様は首の周りと裾に赤と紫色でロクロ線が引かれ、一葉の紅いモミジを軽快な筆で描いている。

今晃23 -1

 頭頂はまん丸でロクロを使わずフリーハンドで引いた線が柔らかく、両耳をタツノオトシゴ状に描き、左耳の方が小さく不揃いであるが気になるほどではない。眉と目が少し下がり気味で大きな鼻とムスッと結んだ口が何処となく仏頂面の中年オヤジの雰囲気で、それがこのこけしの面白味になっている。

今晃23 -3

 今、荒川洋一さんのオヤジ顔のこけしと今晃さんのオヤジ顔のこけしを2つ並べて眺めている。どちらも充分過ぎるくらいオヤジ顔という形容がピッタリとしているこけしであり、ついつい私は目と目を合わせ微笑んでしまう時がある。

こけしの話347

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