2017-09

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荒川洋一96 須賀川型

荒川洋一96 須賀川型

 先日、北八ヶ岳を歩いてきた。白駒池の駐車場に車を止め、白駒池から高見石までの軽いトレッキングだった。標高2100mから2300mの整備された道を妻と二人でのんびりと歩いた。緑の苔や茸、色とりどりの花、蜜を吸う小さな虫達、夏から秋に移ろうとする季節のなかで輝いて見えた。

荒川洋一96-3

 今日のこけしは荒川洋一さんの須賀川型で大きさは8寸2分である。以前、私のブログで紹介(荒川洋一83の平成27年作のエジコや荒川洋一29の平成25年作)した2種類の須賀川型と比較すると、牡丹や渦巻きを描く筆の運びに勢いがあり、顔の描彩も若さと張りを感じる。

荒川洋一96-1

 荒川さんの年譜によると昭和51年の項に「鹿間時夫先生に勧められ、氏家亥一、後継者のない須賀川松木朝臣復元」となっており、最初の復元から四十数年の歳月が流れている。

荒川洋一96

 平成25年に荒川さんの工房を訪ねて、2種類の松木朝臣型のこけしを譲って頂いたときに、胴に描いた「渦巻き」模様を指して、最近、一筆で渦巻きを描けなくなり筆力の衰えを感じていると語っていたことを思い出した。

荒川洋一96-2

 先日、電話で荒川さんとお話しする機会があった。私は紅葉の時期に工房を訪ねたいと思っていたので「稲の収穫が一段落した時期に伺いたいので、いつ頃が良いですか。」と尋ねると、「今年は田圃をやめて大豆など畑の作物に転作したのでいつでも大丈夫。」との答えが返ってきた。
 荒川さんは数年前から、田圃は体力的に辛くなってきたので、稲作は止めたいという話を聞いていた。昭和29年より曾祖父が住んでいた土地に鍬を入れ開拓を始めて、軌道に乗るまで苦労を重ねてきたなかで、いざ転作を決断するまでには計り知れない寂しさや想い出が込み上げてきたのではと想像する。

こけしの話345

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今 晃22 長谷川辰雄型

今 晃22 長谷川辰雄型

 今日も1日中曇り空で時折雨がぱらついた。気温はあまり上がらなかったが、湿度が高く過ごし難かった。テレビでは夏野菜の価格が高騰しているというニュースを流している。

今晃22-1 81回辰雄型4寸

 今さんは昭和50年2月に青森県大鰐の長谷川辰雄のもとに弟子入りした。

 今日は、その今さんの師である長谷川辰雄のこけしを紹介する。大きさは4寸で制作時期は平成29年4月である。今回の作品の原となる長谷川辰雄のこけしは仙台のカメイコレクションの中にあり、それを元に復元している。。

今晃22 81回辰雄型4寸-2

 小寸で造り付で太めの胴の木地は少し粗目の仕上がりで、触れると木肌のザラっとした感触が指に伝わってくる。胴の上下には内側から赤、緑、紫の順にロクロ模様が引かれ、胸の高さの位置で赤い帯を締めており、裾には緑と赤の染料で重ね菊が描かれている。オカッパ頭で、少し下がり気味の眉と目、小さな二筆の口、何処となくあどけない北国の少女の顔に映り、目の下には丸いピンクの頬紅を塗り愛らしさを増している。

今晃22-2 81回辰雄型4寸

 後姿は師長谷川辰雄が描いたこけしと同じように赤い帯の端が裾まで届き、風に吹かれるとヒラヒラと靡く姿を想い浮かべる。

こけしの話344

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桜井コウ2 凛々しき

桜井コウ2 凛々しき

 登山口の広河原から北岳の山頂までの標準コースタイムは6時間ぐらいだと思うが、私は8時間かけ、休憩と水分補給を繰り返しながら標高差1700mを一歩一歩登った。標高が高くなり森林限界を超えるあたりから涼しい風が吹いてきたが、背中に直射日光を浴び汗が流れ、両足の筋肉が張り、空気が薄く呼吸が苦しい。北岳の頂きに立った時、さっきまでの辛さを吹き飛ばすほどの感動に浸ることができた。

桜井コウ2-2

 山旅の疲れはだいぶ取れたが、太腿や脹脛に筋肉痛が残っており、昨日、今日と外出は控え家でゴロゴロとした。今日は午後からこけしの入った段ボール箱を整理したりして、長い間しまい込んでいたこけしを出しては眺め、乾拭きをしながら過ごした。

桜井コウ2-1

 今日、紹介する桜井コウさんのこけしもその中の一つで、何時から家に来たものなのか記録が残っていない。箱から取り出して包み紙を解いてみると、髷を結い凛々しい顔のこけしが現れ、しばし眺めてしまった。大きさは6寸で胴底に昭和40年と記されている。夫万之丞さんの木地にコウさんが描いたものであろう。少し汚れ褪色しているもののキリットした顔の描彩が気に入り棚に飾ることにした。

桜井コウ2

 桜井コウさんは明治30年2月8日に山形市小姓町に開業していた理髪業の家に長女として生を受けた。大正2年に近所の木地屋に鳴子から働きに来ていた大沼万之丞を婿に迎え入れ、コウは1人娘であったので万之丞を床屋の跡継ぎにと考えたが、万之丞は理髪業が合わず、1人で鳴子へ戻ってしまった。その後を追い、コウは生まれたばかりの娘を連れて鳴子へ移り、夫とともに仙台や米沢などを渡り歩く日々を過ごした。鳴子に戻り定住したのは大正10年ごろである。

 コウがこけしに興味を持ち万之丞の木地に描き始めたのは山形時代であり大正9年~10年ごろとされている。昭和5年には大沼岩蔵から本格的に指導を受け描くようになった。戦後も万之丞の木地に描彩を続け、夫の死後は、長男昭二や「さくらい」の職人の木地にも描いていた。昭和53年4月10日に没している。行年82歳である。

 桜井コウさんなくして桜井万之丞、桜井昭二、佐藤実もないと言われるほど、桜井家にとっては貴重な存在であったと語り継がれている。

こけしの話343
 

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荒川洋一95 芳蔵型 一重牡丹

荒川洋一95 芳蔵型 一重牡丹

 今日、8月11日は「山の日」である。私は一足早く(8月9日から10日)南アルプスの北岳に登ってきた。昨年も同時期に北岳に挑戦したが、頂上を目前にして体力の低下と時間切れとなり引き返し悔しい思いをしたので、今回3,193mの頂に立つことができ本当に良かったと思っている。

荒川洋一95-3

 台風5号が去った後で快晴になることを期待をして出かけたが、頂上付近は流れ湧くような雲に拒まれ360度のパノラマは望めなかった。それでも、短い夏に一斉に咲く様々な高山植物を見ることができ、短い時間ではあるが雲海に浮かぶ朝焼けの富士との対面を果たし、ライチョウの親子の砂浴びに遭遇するなど、未知との出会を楽しむことができた。

荒川洋一95-4

 今日、紹介するこけしは荒川洋一さんの芳蔵型で大きさは7寸3分である。制作時期は平成13年2月ごろと思われ、保存状態が悪く少し褪色が進み顔にはシミが出ており惜しい気がする。形態は直胴に丸い頭は差し込みになっている。胴の上と下側に赤と紫の染料でロクロ線が引かれ、胴の中心よりやや下に鮮やかな色の牡丹が一輪描かれている。顔は眉が太く上瞼と下瞼が外側に膨れた紡錘型の目に薄いピンクの隈が塗られ、小さめの獅子鼻と口の形が品良く引き締まって見える。

荒川洋一95-1

 荒川さんの年譜によると昭和35年に会津若松の神山木工所で木地挽きを習得し、温泉や観光地の土産用に木地を挽いていた。その後、伝統こけしの道を志し、中ノ沢の岩本芳蔵の弟子になったのは昭和45年のことである。善吉型のタコ坊主を作る許しを得るまでの2年間は芳蔵型のこけし作りに専念していたという。

荒川洋一95

 以前、荒川さんの工房にお邪魔した時に私が手にした芳蔵型のこけしを見て「芳蔵型だけ毎日、毎日作っていたなぁー。」、と岩本芳蔵に入門した当時を振り返り、懐かしそうに想い出を話して下さった。

こけしの話342

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今 晃21 デフォルメされた幸兵衛型

今 晃21 幸兵衛型

 ここ何日か台風5号の影響で蒸し暑く、はっきりしない天気が続いている。7月下旬から昨日まで使わずに済んでいたエアコンを再び使い始めた。

今晃21-2

 先日、筑波山に登りアサギマダラに出会った話を紹介したが、筑波山登山の本当の目的は、6月に登った時にはまだ蕾だったイワタバコの花を見たいと思ったからである。イワタバコは女体山直下に垂直に立っている岩にしがみ付くようにして薄紫色の優しい花をつけていた。

今晃21-1

 今日、紹介するこけしは今晃さんの幸兵衛型で、制作時期は平成元年4月ごろ、大きさは8寸である。造り付の太めの木地に、胴模様は上と下、そして胸のあたりにロクロ線がシンプルに引かれ、その内側に牡丹の花が一輪描かれている。牡丹の花は肩の力を抜いて描いたように、フワッと柔らかい筆使いで観るものを和ませてくれる。

今晃21

 この幸兵衛型は髷を結いふっくらとした顔に、やや力強い線でキリッと目鼻が描かれているが、今まで津軽系の工人が作ってきた幸兵衛型ではなく、デフォルメされた雰囲気が魅力となっている。私好みの今さんらしい幸兵衛型である。

こけしの話341

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